FuD 2004.10. 日本酒の会

前略。
秋涼の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、心地よい秋の夜風を受けて、皆様の舌と肝臓におかれましては本年の「冷や卸し」にうずいておられる頃と存じます。当「酒盃の会」では、「秋の日本酒会」を下記のとおり開催致します。
10月1日の日本酒の日を過ぎ、実りの秋を祝福し、皆様と楽しい一夕を過ごしたいと存じております。ご多忙中とは存じますが、ぜひご出席くださいますようご案内申し上げます。

      記
 日時 平成16年10月某日(水)
    午後6時〜12時
      (ご都合のよい時間で)
 場所 三浦屋
 会費 二千円
なお、ご自慢のお酒、名産品などございましたらお持ちよりください。

 こんなはがきが、今朝、彼の机の上にぽつんと置かれていた。何かと思って手にとって見ていると、背後から同僚が声をかけてきた。
「これね、僕が参加している日本酒会の例会の通知なんですよ。君は酒が好きだと聞いたものだから、一度誘ってみようと思ってね。いっしょにどうですか、今日なんですけど。」
「日本酒会…」
「ええ、三浦屋というのは近所の酒屋なんですけどね。お店の一角にきき酒コーナーを設けているんですよ。でね、今日は月に一度の集まりなんです。」
 彼は、同僚と飲みに行くということは滅多にしたことがなかった。平日飲みにいく人はあまりいないし、週末は週末で、誰でもいろいろ予定があるものなので、敢えて同僚と飲みに行くことはない。あるとすれば週の中間ということになるが、彼は、なか日の木曜は酒を控えるようにしているので、水曜はちょっと多めに飲みたいと思っている。だが、大いに酔ってしまったそのすぐ翌日に顔を合わせねばならないので同僚とはなかなか飲みに行きにくいのだった。が、それでも、日本酒の利き酒というのが彼の興味を引いた。
「利き酒ですか。おもしろそうですね。」
「ええ、地元の酒を中心にいろんな酒を試そうってことなんです。会場にはレジメが置いてあってね。レジメに書いてある順にお酒を飲みながら空欄に味わいコメントを書き留めておいて、あとでみんなで発表しあう、ということなんです。でも、ま、難しいことはないんです。うまいとかまずいとかでいいんですよ。どうです、行きませか?」
彼は、今日の酒を日本酒に決めた。

 夕日があかあかと差して山の端も近くみえるころ、彼は郊外にある三浦屋に到着した。店の周りには稲を刈り取られた田んぼが広がり、土っぽい匂いを立てている。道の端にはすすきが揺れて、スズムシの声が絶えない。秋が胸にしみてくるような風情。
こういう日は確かに、ビールでは酔えないし、ウイスキーは似合わないと思われた。 入り口から酒瓶がずらりと並んだ店内を奥まで行くと、きき酒コーナーがあった。黒格子で仕切られた向こうに、黒塗りのカウンターとスツールが並んでいる。壁には日本酒の銘柄を書いた札が掛けてあり、その下の棚に色とりどりの瓶が置かれている。
駅構内の簡素な利き酒コーナーよりよほど雰囲気があった。スツールに腰をかけている人が数人、黒格子の向こうに見えていた。彼の同僚も既にそのなかに混じっている。
「あー来たね。この人ね、酒好きなんだけど、日本酒に目覚めていないお子ちゃまなの、よろしくね。」
同僚は昼間とはずいぶん違った口調で彼を紹介した。彼は、彼の同僚がもうかなりでき上がっている様子だったので、ちょっと戸惑った。同僚の紹介を当てにしてやってきたのに、これではいきなり他人の会に入り込んだようなものだと、苛立ちさえ感じた。そのとき、気さくに話かけてきたのは、三浦屋の主人だった。
「よろしく。目覚めてないかどうかはともかく、今日は気軽に楽しんでね。」
そう言って、ガラスの小さなコップを彼の前に差し出し、「まあ、とにかく、どうぞ」と言いながら、最初の酒を注いでくれた。目尻が柔らかく下がり、酒焼けした顔、言葉の発音も少々はっきりしない。日夜酒にひたって杯を離すことがないのではと一瞬疑わせたが、酒を注ぐその手つきには、酒好きなら誰でも歓迎するという親しみやすさがにじんでいた。
「叔羅川 山田錦 冷や卸し」というラベルの付いた濃緑色の瓶から、透き通った液体がコップの半分ほどだけ注がれた。ほんのり甘い馥郁たる香りが漂ってくる。飲むと、すっきりとした口当たりながら、次第に甘みと旨みが口中で膨らんでいく印象だった。
「これは冷や卸しだよ。」と主人。
冷や卸しとは、冬に醸造された酒を一度火入れして、蔵のタンクで貯蔵していたものを、秋に原酒のまま生詰めしたものだという。ひと夏を越え、ほどよく熟成したまろやかな酒を、初秋、外気が冷えて来た頃に冷や(生詰め)で卸す(出荷する)ことからの呼び名だそうだ。
「想像だけど、冷蔵庫のないころなんて、夏に酒を流通させるのって絶対ムリだったかもね。だからこの秋口の冷や卸しってのが珍重されたのかな」
 この「叔羅川」は酒盃の会のメンバーが米作りから携わって醸造しているとのことである。コーナーのあちこちに、田植えや稲刈りのそれらしい写真が飾られてあった。「そうそう、この変なオジサンがお米作ってくれてる人。で、このお方がそのお米を酒に醸造してくれている蔵の社長さん」と主人は続けてメンバーを紹介した。ほかにも、宿屋のあるじに菓子屋の女将、大学教授に女子大生、老いも若きも男も女も色とりどりの人が集まっていた。「叔羅川」はたちまち彼をリラックスさせ、場に和む手助けとなった。加えて、主人が酒の詳しい説明をしてくれる。冷や卸しが場を温めてくれたのだった。
 レジメをみながら彼は順に酒をちょっとずつ飲んでいった。二番目もまた「叔羅川」である。一番目のものとは酒米が違っている。先の「山田錦」は最高の酒米と評される品種だが、丹波地方特産で福井での栽培は難しいと言われていたものをこの会が最初に栽培に成功したのだという。それに対してこちらは福井特産の酒米「五百万石」。
彼は、酒米の違いまで分かるかしらと不安げに口をつけた。が、飲み比べてみると、意外なほど味の違いがあった。五百万石は山田錦のようなやわらかな膨らみは感じられなかったが、逆にすっきりと飲みやすかった。ちょうどそこに、福井名産、ぶっかけのおろしそばが出された。ずるずるとそばをすする。辛味の効いた大根おろし、たっぷりのカツオ節、さっとふりかけた一味。冷たいつゆと香りたつそばをいっきに喉に流し込んで「叔羅川」を一口。大根の辛味を、日本酒のまろやかな旨みで洗い流す。
「なるほど、五百万石。地元のおろしそばによく合う」と彼は分かったような気になってひとり呟いた。
 それから「梵・純米」「常山・純米」とレジメのとおりに飲み進んでいく。柔らかな香り、すっきりとした後口、爽やか、まろやか、思ったとおりに書き留めていった。
「どうです。お酒を飲み比べるのは楽しいでしょう。」
と、背後から、少し小太りの温厚そうな人が声をかけ、彼の飲んでいるお酒をみて続けた。
「今あなたが飲んでいるのは純米酒なんですけどね、最近ほとんどの蔵が純米を主力
に醸造しているんですよ。言ってみれば本物志向です。でも米だけでお酒をつくるというのは、実は大変な技術でね。例えばほら、この「正宗」のほうは、醸造用アルコールというのを混ぜているでしょ。」
と言って、「正宗」のラベルを指差した。純米酒のほうは米、米麹に対し、それには確かに米、米麹、醸造用アルコール、糖類、酸味料と書いてある。飲んでみると、口当たりは甘く、喉ごしはサッパリ、最後にキュっと焼酎のような苦味があった。キンキンに冷えた状態であれば、彼には甲乙つけがたいとも思われた。が、米の旨みというのをほとんど感じないし、なんとなく甘み、酸味、苦味がバラバラで混ざり合っていないような気がした。そして何よりも、今日のように、田んぼの香りがする酒屋での素朴な飲み会にはそれは似合わないと感じたのだった。この人、聞けば、冬の間は
蔵に入って実際に酒を作っているという。眼鏡の奥の鋭い視線に、知識と経験の確かさを思わせるのだった。
 それから、「雲の井」、「北の庄」、「花嵐」、「鶴亀大吟醸」、と続けて飲む。味がうすいだの、水っぽいだの、米の旨味がしっかり出ているだの、派手さはないがほのかな香りがいいだのと、あちこちからいろいろな声が聞こえていた。カウンターに集まる人たちはすでに、8〜10種類の酒を飲んでいる。少しずつとはいえ、次第に量も増え、知らず知らず声も気持ちも大きくなる。この酒は気に入らない、あの酒を好む人の気が知れないなどという声も聞こえはじめていた。
そこへ、すっと、「たっくぁんの煮たの」が出された。単にたくあんを塩抜きし、しょうゆで煮たものである。福井名物のひとつでおはぐろ煮とも呼ぶらしい。が、地方によっては呼び名がないらしく「たっくぁんの煮たの」と呼ばれている。「お、いいねえ、たっくぁんの煮たの」とか、「たっくぁんの煮たのには七味だね」とか、そのまんまのネーミングが連呼されるうちに、力抜けさせられて、熱っぽくて小難しい酒談義が中断され、日本酒のいいつまみになるのだった。

 カウンターにいる人たちは、入れ替わり立ち替わりしながら増えたり減ったりしていた。彼の同僚はカウンターの端のほうで大口を開けながら、さばのへしこを手でつかみ、人に食べさせては自分でもたべ、すっかり上機嫌な様子だった。彼も、いつの間にかすっかり酩酊し、いつになく大げさな身振りで話すうちにうっかり酒瓶を倒してしまった。酒をテーブルにこぼして服まで濡らしていたが、彼自身も、酒屋の主人もまるでそれに頓着しなかった。同僚も彼のほうをみて、「もったいない!」とか言って、今にもテーブルに口をつけてこぼれた酒に吸い付きそうだった。
 酒の席は、礼にはじまり乱に及んだ。彼は同僚の酔った姿はみたことはなかったし、同僚もまた彼の酩酊ぶりをみたことはなかった。会を終えて、彼と同僚はいっしょに外にでた。深夜になって、虫の鳴き声はもう聞こえなくなっていた。「いやよく飲んだ」「飲みすぎました」と言葉を交わしながら、彼は、ほんの少しの後悔と心地よい揺れのなかで、これから後の熟睡と翌日の喉の渇きのことをぼんやり思っていた。そして、明日の朝また同僚と顔を合わせることを考えて、何か気恥ずかしい思いがするのだった。