FuD 2005.02. 蔵見学

 朝、彼は、ふと目を覚ました。窓のカーテンはまだ暗い。寝返りをうつと、ふとんの隙間から冷たい空気が襟元に入り込みんできた。息を吸い込むと鼻の先が冷たいのを感じた。午前6時、冬の寒さがしんしんと枕元を襲う。彼は、おぼろげな頭で、今日が休日だったことを思い出し、すぐにまた目を閉じた。今日は午後から友人と酒蔵を見学することになっている、起きるのは昼前でいい、まだだいぶある…そう思いながら彼は安心し、ゆっくりとふとんのなかへ肩を引っ込めた。酒蔵では、杜氏さんたちがもう起きているだろう、凛と張りつめた静寂、米を蒸す蒸気、香ばしい匂い…むにゃむにゃと想像しながら、彼はまた眠りについた。

 以前、彼は、友人と「梵」を飲んだことがあった。「極秘造大吟醸」。0℃で三年寝かせたというだけあって、舌触りなめらかでまるみがあり、すべりもよい。ありきたりな淡い飲みやすさという酒ではなく、どっしりとした風格と幾重もの余韻がり、それまで彼が口にした大吟醸酒とは違うあかぬけした酒だった。友人は、彼の高校時代の同級生で、彼のなじみの酒屋の店主である。店主といっても、経理などはまだまだ健在の両親に任せきりで、もっぱら商品の品揃えや陳列などに精を出している。彼は友人のその酒の知識を信頼し、勧める酒の味の確かさに尊敬も感じていた。
「これは日本で最初に市販された大吟醸酒らしいよ。」
と友人が言った。
「最初に?すごいな。相当古い酒蔵なの?」
「大吟醸については昭和43年だったと思うけど、創業は万延元年らしいよ。今の当主は11代目に当るというから相当古いと思うよ」
万延元年といえば、西暦1860年だから、140年以上の歴史を誇る老舗である。古き良き伝統、手造り、土蔵、漆喰の壁、杜氏の仕込み歌…万延元年という響きから彼の脳裏にそんな蔵のイメージが浮かんだ。街中のオフィスビルに通う彼にとっては、癒しややすらぎを感じさせる場に思えた。
「その酒蔵、今度見学できないかな」
「社長さんは忙しそうな人だし、どうかなー。一応親父に頼んでみるよ。うちの親父とその社長さん、高校の先輩後輩の関係らしいから。」
今日は、彼がそのとき以来心待ちにしていた日だった。

 午後1時、鯖江。外はさらさらと雪が降っていた。彼と友人は「加藤吉平商店」に到着し、蔵の壁の「梵」の字を見上げた。堂々たる蔵はしんとして、物音ひとつせず、厳かな空気さえ感じられる。寒さに顔をぴりぴりさせ、白い息に手を当てて待っていると、
「こちらへどうぞ」
とスラリした丸顔の女性が出てきて、にっこりと迎えてくれた。
「あの人、社長の奥さんなんだよ。すっごい美人だよね。美女と…」
友人はコソコソと早口で彼に耳打ちした。
二人が通されたのは、50畳ほどのゲストルームだった。和の雰囲気をもたせながら、高さの低い椅子とテーブルを配置されたくつろぎやすい空間である。部屋にはすでに、当主と見学者数名がいて挨拶を交わしあっていた。当主はスーツを着て柔らかなものごしだが、185センチはあるかとみえる長身で、酒蔵の修行で鍛えられたと思われる胸板も厚い。はっきりした眉と口元の力強い皺には、いくら飲んでも乱れない頑健そうな気配があった。
「あ、そうか、美女と…」
彼はそこでようやく友人の言葉を理解できたのだった。

 紹介を済ませると、当主が直々に蔵について話してくれた。「梵」の特徴は、地下約180メートルの深さの井戸から汲み上げた日の川の伏流水を使用し、米は山田錦、五百万石だけで作っているという。蔵内の自社酵母のみで酒作りを行い、精米歩合はすべて60%以下。さらに、すべての酒を熟成酒として出荷し、最高で5年、短くても1年はマイナスの温度で貯蔵するのだという。国内清酒鑑評会をはじめ、海外の酒類コンテストでも数多く受賞をし、高い評価が定着している。彼は、話を聞きながら、その徹底した酒造りの姿勢にますます惹かれるのだった。
午後2時すぎ、彼らはいよいよ蔵へと入っていった。まずはじめに、彼らは古い蔵のほうへと案内された。そこは米を蒸す作業をする場所で、直径2メートルを超える大きな釜に湯を沸かし、巨大なセイロに2トンの米を蒸し上げるのだという。もうもうと立ち上る蒸気、その日その日の蒸し米の加減を見つめる職人、彼にはその様子がまざまざと想像された。
当主は、では次を案内します、と言って部屋の隅のシャッターに手をかけた。彼が到着したときに見上げた「梵」の字のある新しい方の蔵である。温かくなる蒸場と低温が適する醸造の場を分けるため、隣接しているがシャッターで隔離されているのだった。シャッターを開けた瞬間、ふわっとかぐわしい香りが漂ってくる。もろみの仕込みをする部屋で、奥には大きなホーロータンクがずらりと並んでいるが、たちそめる
果実のような甘い香りで、彼はもろみの湧く音がすぐそばで聞こえてきそうに思ったほどだった。友人は、うずうずした様子で、目をうるうるさせながらあちこち覗きこんでいた。とろりとした目で鼻をくんくんさせる人、思わず「たまらない」と声をもらす人、見学者たちはみんな、蔵に流れる香りにうっとりとし、心をときめかせていた。
タンクの高さは3メートルほどで、作業をしやすいようにタンクの上端から70センチほど下げて足場がしつらえてある。当主は一同をその足場へと上がらせ、タンクのなかのとろとろと白濁した発酵中のモロミを見せてくれた。彼は、当主の案内に従って、ひとつひとつのタンクの前でしゃがんで、仕込みの過程でうつろう泡の行方を追っていった。表面がうっすらと軽い泡で覆われたもの、泡が濃さを増して盛り上がり、もろみの全面を覆ったもの、さらに高くなってタンクから溢れでそうなもの、それからまた高さが引いて泡が表面だけに落ち着いたもの。米、水、麹で酒を仕込む方法は少なくとも平安時代に確立していたとされる。かつては、仕込みのときには良い酒ができるようにと蔵内の人は一心に祈りを捧げたという。彼は、その仕込みの何か神聖な雰囲気を思い、やがて発酵を終えまさに吟醸の酒に成らんとしているタンクを眺めて、なにか荘厳な気持ちになるのだった。
そのとき、当主がそばにあった猪口を持って、発酵の若いタンクのから泡を分けつつ一杯すくい取り、彼に勧めてくれた。一口含んでみるととろりと甘く、若いもろみはびりびりと舌を刺激した。酒を口のなかで一面に広げ、中に残っている発酵中のかたまりをつぶしながら鼻から静かに息を吐き出すと、閉じ込められていたフルーティな香りがふわりと抜けていった。友人は、待ちこがれたというように、一口すすり、しばらく酒を口中に止めながら味わっていた。見学者もめいめいがそれを試し、「うん」、「いいねえ」など、発酵中の貴重な酒を味わい、唇に残る味を舌で確かめながら、満足そうに言い合っていた。それから、高泡のもの、引き泡のもの、それぞれを一口ずつ試してみた。徐々に炭酸が弱まり、成長して落ち着いていく様子を確かめるような思いだった。
日本酒の醸造法の特異な技術は、麹の糖化と酵母の発酵が同じタンクのなかで同時に行われることである。それは世界でも類のない方法で、そのために高いアルコール含量の酒になる。出来上りのアルコール度数では、日本酒は純米で19%の醸造が可能であるという。焼酎、ウォッカ、ウィスキーのような蒸留によってアルコール度数を高める蒸留酒を除いて、同じ醸造酒としては、ビールで8%、老酒、ワインで14%が限界で、日本酒が抜きん出ている。彼は、その秘密が古くからの酒造りの技を脈々と
受け継いでいる「蔵」の研鑽に他ならないのではと思った。

 午後3時、一行は蔵を後にして、はじめに入ったゲストルームに戻った。当主は、まず、タンクから汲み取ってきた酒をミキサーにかけて全員にふるまってくれた。。醗酵中の固まりが崩れて、蔵で飲んだものよりも香りがたっている。炭酸ガスもほどよく抜け、よりまるみのある味わいだった。全員そろっての乾杯となった後、「甘酒みたい」、「いや、もうほとんど吟醸酒だ」と、みんな口々に感想を言い合った。
すると、当主が今度は鮮やかなブルーの鶴首びんを持ってきて言った。
「それはそれで珍しいでしょうけど、こちらの酒がまさしく「梵」の味ですから、ぜひどうぞ」
当主が注いでくれたのは「梵・超吟」の生詰酒だった。「加藤吉平商店」が誇る「超吟」は真性精米歩合30%の純米大吟醸で、マイナス8℃で5年間熟成させたものである。
生詰酒とは、貯蔵後の火入れをしてないもののことだという。「梵」の生まれるところはまさに蔵で見てきた通りだが、その後貯蔵の間にどのように育ったか、彼は、「超吟」の成長ぶりを確かめたくてはやる気をおさえつつ、空気とともにそれを口に吸い込んだ。かすかな刺激を舌先に感じながら、甘くまろやかな香りが鼻から抜けていく。飲み込んだ後口はさらりとしてさわやか。五味が絶妙に調和していてさわりが
ない。彼が「超吟」の育ちに驚いていると、隣に座っていた友人も「さすが超ですねー」と一言唸った。
「酒を利くときはまず空腹でなければいけない、それから今度は食べ物といっしょに飲んでみなければいけないんです。そうすることで本来の味わいが分かるんですよ。」
当主はそう言って微笑みながら、すしや刺身、揚げ物なども勧めてくれるのだった。
少し食べて腹が落ち着いてきたころ、続いて「梵・ときしらず」の燗が注がれた。五百万石55%精白の熟成純米吟醸酒で、5℃で五年間寝かせた人気酒である。昨年、アメリカで開催された全米日本酒鑑評会において、見事ゴールドメダル(金)に輝いた名酒でもある。ほんのり山吹色で、口元へ近づけると海のような深い香りがした。冷やで鋭いキレ、ぬる燗ではふんわりと優しい。
「冷やと燗でこれほど表情が変わる酒もめずらしいな」
「燗して飲めてこそ、本当に良い酒なんだ」
と、あちこちで言うのが聞こえた。
「大吟醸はもちろん、吟醸クラス以下でも燗が出来るというのはしっかり造っている証なんだ。なんと言っても燗して飲む酒って世界中で日本酒だけだから」
と友人がつぶやいた。彼は、友人のふとした言葉で日本酒の日本酒らしさというものを改めて意識した。日本酒を飲み始めた頃から彼はフルーティーで飲みやすいものが好みだったが、燗して飲むときの日本酒らしい味わいがその時理解できた気がした。
水のように飲みやすい、ワインみたいにおいしい、そうではない日本酒ならではの感動を追求したい気持ちが彼のなかでにわかに湧いてきた。
「よし、梵から制覇しよう。」
彼が思わず宣言すると、
「酔った勢いで…。梵だけでも50種類以上あるんだぞ。」
友人はぼそりとつぶやくのだった。

午後7時、彼は家へと帰り着いた。彼は、心地良い酔いのなか、見学した蔵を振り返り、良酒の味を思い出した。杜氏さんたちは、一日の仕事をもう終えたろうか、張りつめた静寂、米蒸す蒸気、ふつふつ湧く泡、とろとろ超吟…。